東京高等裁判所 昭和40年(う)1437号 判決 1965年12月22日
主文
原判決を破棄する。
被告人両名に対しいずれも刑を免除する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人石田亨、同渡辺脩各名義及び被告人両名共同名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検事中根寿雄名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、ここにいずれもこれを引用する。
渡辺弁護人の控訴趣意一、(1)ないし(3)について、
所論は、軽犯罪法一条三三号所定の「みだりに」を所有者又は管理者の事前の許可のないことと解し、本件に同法条号を適用した原判決は法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。
しかしながら、原判決の判文よりは必しも「みだりに」即ち「事前の許可なく」と解したことが明白とはいえないから、そのように前提して所論の如く論難することは当らない。軽犯罪法一条三三号に、みだりに他人の工作物等にはり札をするというのは、他人の占有する工作物等にその他人の承諾を得ることなく、かつ社会通念上是認し得るような理由もなくして、はり札をすることと解される(当裁判所昭和三八年六月一二日判決、時報一四巻六号八七頁)本件の場合被告人等が原判示のビラを東京電力株式会社の承諾を得ずに原判示電柱に貼つたことは被告人等の自認するところであるから、そのビラ貼り行為に社会通念上是認し得るような理由が存するか否かを検討すると、本件当時の東京電力株式会社武蔵野営業所総務係長荒井忠衛は原審証人として、「電柱にビラを貼ることは許可していないし、会社にとつて迷惑なことであり、取締官署に厳重な取締を要請したこともある」旨を証言しているのである。そして街路の電柱に乱雑無秩序にビラが貼られる光景が街の美観を損うこと著しく、人に不快の念を与えることは言うまでもない。もともと軽犯罪法がその取締対象としている行為は刑法その他の刑罰法規に違反する重大な法益を侵害する行為ではなく、人の日常生活において、そのまま放置すれば、より重大な法益の侵害に発展する虞れのあるような行為、人に嫌悪の情を懐かせるような行為、人に迷惑を覚えしめるような行為等であつて、同法はこのような行為を禁止し、その違反者を処罰することにより社会生活を秩序立てようとするものであり、民主社会における公共の福祉を保持することを目的とするものというべきである。本件の如きビラ貼りが、貼られた電柱の所有者であり管理者である東京電力株式会社にとり迷惑なことであり、しかも街の美観を損ない従つて不快を感ぜしめる以上、これをもつて社会通念上是認されるべき理由のある行為とはいい難く、みだりにはり札をしたといわなければならない。原判決に法令の解釈を誤り、その適用を誤つた違法はない。所論は理由がない。<中略>
なお職権をもつて、原判決の科刑の当否を審査するに、本件当時清瀬町方面において街路の電柱に種々雑多なビラ類が貼られ、その中には所論指摘の如く田無警察署、或いは清瀬町交通安全対策協議会名義のビラもあつたことが認められるから、そのような実情のなかで、独り被告人等のビラ貼り行為のみが取り上げられて訴追されるに至つたことは、犯行中を現認されたにせよ、被告人等としては不公平な処分を受けたと感じ、ビラ貼り行為の取締に仮託してビラに表現された思想を目標とする取締を受けたと憶測することも、あながち無理からぬものがあるといわなければならない。被告人等がいずれも真面目な勤労女性であることをも併せ考え、本件に対する措置としては将来を戒めることで足り、敢えて刑を科する必要は存しないと判断される。その意味において原判決の科刑は不当として破棄すべきである。
以上のとおり本件控訴は結局において、その理由があるから、刑事訴訟法三九七条、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件につき更に判決をする。
原裁判所が適法に確定した罪となるべき事実に法令を適用すると、被告人両名の原判示各所為は軽犯罪法一条三三号前段、刑法六〇条に該当するが、情状に因り各被告人に対し軽犯罪法二条を適用し、その刑を免除する。よつて主文のとおり判決する。(三宅富士郎 石田一郎 寺内冬樹)